切断蹴球Vol.6「アンプティサッカーの歴史 日本編Ⅲ」

 歴史日本編を続けますね、まだまだ歴史の浅い、始まったばかりのスポーツではありますが、実際に関わっている選手やスタッフからすれば一所懸命普及や発展の為に走り回っていたわけでしてそんなに簡単には終われません!そう言えばワールドカップロシア大会に帯同した時、イングランドの会長から「日本はまだ始めて5年も経たないんでしょ、我々は25年かけてここまで来たんだから。大丈夫、頑張れ」って言われたのを思い出した。いやいや、5年だろうが25年だろうが関係なく、試合に負けるのは悔しいし、今本気じゃなかったら25年後も同じでしょ、とその時は英語が出てこなかったので言い返せなかったが思った。今考えるとそんな出来事も日本に帰ってから広島でチームを作ろうと思った一つのきっかけだったかも知れないですね。

 さて、話を戻して、アルゼンチンから帰り、日本はどんどん普及活動に拍車をかけていきます。そんな時に私はこのスポーツに出会いました。上京して理学療法士として働きつつ、その時は鹿島DEERS(現LIXIL DEERS)というアメフトのチームの見学&手伝いに入っていました。毎週の練習と試合、見学でもあったのでもちろんボランティアで平日は通常勤務、休日はアメフトという生活が続いていました。それまで広島に居る時から健常スポーツ選手ばかりみていたので何となく当たり前のような、ただ上京してスポーツの現場に出たい一心で噛り付いていたような複雑な気持ちだったのを覚えています。もちろん新しい経験もたくさん積ませてもらったのでその経験は今もトレーナーとしての私の一部として活かされていることは間違いありません。

 今週はアンプティサッカーの歴史というより日記みたいになってしまいました。来週こそ歴史の続きを。

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apfeileA-pfeile(アフィーレ)広島代表 坂光

投稿者プロフィール

A-pfeile広島という障害者サッカー団体で代表を務めております坂光と申します。健常者と障害者の垣根を越えた交流や障害の理解、スタッフとして関わるための基礎知識など障害者スポーツ全般、スポーツ全般のトピックスを更新していきますので宜しくお願いします。

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