切断蹴球Vol.37「第3回日本アンプティサッカー選手権大会Ⅰ」

のんびりし過ぎていました。コラムを書き始めてもうすぐ期限の1年になります。のんびり書き過ぎているのと更新が遅くなっていることもあって畳み掛けないとまとまらない雰囲気になってきました・・・。昭和史をすっ飛ばす日本史の先生の気持ちが少し分かった気がします。

それはさておき、チームを作ったからには初試合の気持ちを書かないとと思い、いきなり選手権の話題です!ただ、試合の事だけ書くのはそれまでの過程がうやむやになりいやなので、2回に分けます。

フレンドリーマッチが終わり、選手や広島の方々にアンプティサッカーってこんなスポーツだということを少し知って頂いた段階で、やらないといけないことは選手の強化とさらなる普及活動でした。普及活動に関してはフレンドリーマッチ後、テレビの取材や新聞の報道、ラジオ出演や小学校からの講演会や体験会の依頼が入るようになり、本当にメディアの方々には感謝しています。未だ東京に居る時、ある方から密着をしたいと申し出がありました。私は一度お断りしました。これまでトレーナーという立場で裏方でやってきた人間にとって私が表に出るものではない、あくまで選手が集まり、選手に対して密着されるのであれば受けるという気持ちだったからです。今は色々な形で裏方が、職人が特集されるようになっていますが、私はその頃未だその考えには付いていけなかったんですね。しかしある方に相談したところ、「裏方が注目されることはとても素晴らしいことで、そのスポーツが認められていることにつながるのではないか、普及のためにも受けてみてはどうか」と言われ、その時気付いたのは、障がい者スポーツはまだまだメジャーではなく、一般の方々は関わろうと思ってもどのように関わったら良いか分からないかも知れない。また、障がい者自身もどんな人がそのスポーツに関わっているのか、どんな気持ちで関わっているのか分かれば、一歩踏み出すきっかけになるかも知れない。ということでした。結局引き受けることになるのですが、取材を受けながら自分自身も気持ちの整理をし、活動を振り返る良い機会になったと思っています。

さて、選手権に向けた選手の想いについて触れます。私はガサルスで競技性の高い意識を持った選手がたくさんいる場所でトレーナーをし、W杯にも帯同しました。しかし広島は違う、まだ試合に自分が出場している姿は想像できていなかったと思いますし、「居場所」を求めて参加していた選手もいたかも知れません。7月に初練習をして、11月には全国大会、皆さんならどうしますか?とりあえず今回は見送って、来年から正式に参加する・・・でも良いですよね。私は練習中に一度皆を集めて、試合に出るかどうか尋ねました。また違う練習日にただ参加するだけにするか、覚悟を決めて勝つための、一矢報いるための努力をするか尋ねました。選手皆の回答は「やるからには全力でしょう、当たって砕けろだ」でした。代表として、どこかその返事を期待していたかも知れませんが正直嬉しかったですね。

それからは私からは何も言いませんでした。チームとして参加する意思は統一する、しかし大会に参加するだけでなく、選手一人一人が初体験に向けてどういった準備をして、どのような想いでぶつかっていくのかは観ていたかったからです。様々な個性を持った選手達がいきなり集合して3ヶ月後の試合に臨むということがどんなに大変で楽しいものかワクワクしていました。他人事のように書いていますが、私もそのチームの一員であったことに間違いはなく、選手達から観られていたと思います。

写真は選手権前最後の練習会後の集合写真です。一緒に闘うことになる現千葉の金井選手や関西セッチエストレーラスの選手達が駆けつけてくれました。こういうアンプティサッカー選手のつながり大好きです!

次回は初試合の様子を!

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apfeileA-pfeile(アフィーレ)広島代表 坂光

投稿者プロフィール

A-pfeile広島という障害者サッカー団体で代表を務めております坂光と申します。健常者と障害者の垣根を越えた交流や障害の理解、スタッフとして関わるための基礎知識など障害者スポーツ全般、スポーツ全般のトピックスを更新していきますので宜しくお願いします。

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